母が名前を思い出せるうちに
9月19日から23日は、いわゆるシルバーウィークで、5日間の大型連休だった。その連休を利用して、福井で兄家族と暮らしている母を、名古屋に連れてこようと計画した。
母は、認知症が進み、短期記憶が低下しているだけじゃない。実行機能障害といって、物事の手順がわからず、突拍子もない行動に出てしまう。今は、そういう様子だ。それでも、息子である自分の名前や、妻や孫の名前は、覚えていたり、何とか思い出すことができたりする。そのうちに一度、名古屋に連れてきて、いろいろな場所に連れて行ってあげたくて、今回の計画を立てた。
妻のお母さんと、空回りの会食
今回は、妻のお母さんと一緒に、鰻のひつまぶしを食べにいった。以前は、同世代のお母さん同士で、話に花が咲いていた。だから、どうしても会わせたかった。けれど母は、妻のお母さんのことを最初、思い出せなかったみたいだった。お母さんに、とても申し訳ない思いをさせちゃったようだ。母も母で、会食の席に座っている間、借りてきた猫のように、よそ行きの顔をずっとしていた。
ほかには、昭和の雰囲気が味わえる公園に連れていった。子どもの相撲大会にも連れていった。どれも琴線に触れるような体験を狙ったけれど、返ってきたのは「ここ、来たことある」「なんでこんなところに来てるの?」だった。空回りしたのは、いつも通りのお約束だった。
トイレの洗礼
過密なスケジュールに追い打ちをかけたのが、トイレの訴えだった。
認知症状のある高齢者にはよくあることだが、トイレの訴えが30分ぐらいの間隔で繰り返される洗礼を浴びた。そういった対応には、もと介護職として慣れていたつもりだが、ところかまわずトイレの訴えを繰り返す様子は、なかなか割り切れるものじゃなかった。
皮肉った「ありがとう」
娘と妻がとても協力的に、いろんなことを手伝ってくれたおかげで、なんとか最後まで無事に終えることはできた。けれども、やっぱり昔から感じていた母への苦手意識がある。
何かお世話をしたときに、普通にありがとうと、感謝の言葉を素直に伝えてくれればいいのに、少し語尾を強めた形で、皮肉ったような「ありがとう」という返事をされる。そこに、とてもイライラしてしまった。その様子を見ていた妻や娘もそれを感じていたようで、母の返事で一瞬にして表情が変わる私の顔を見て、面白がって笑っていた。それが日々に積もり積もって、最後の方では、一つ一つにイラつくのではなく、流すようになっていた。やっぱり、生半可じゃないなという思いだった。
疲労感と大きな収穫
ほぼ母の世話に費やす5日間になってしまったが、兄夫婦が日常で感じている母と同居する大変さを知ることができたのは、とても大きな収穫だったなと感じている。
今後、兄はグループホームに母が入ってもらうように調整していく、と言っていた。それはそれで、いい選択肢だと思う。母はまだ歩きもしっかりしているし、コミュニケーションもまだ上手に取れる。今の様子をベースに対処できる職員のいるグループホームでの生活の方が、兄夫婦との適度な距離感にもなって、関係性も再構築できるんじゃないかなと思っている。
どういった結果になるにしても、母が伸び伸びと生活できる環境になればなと願わずにはいられない。母本人を目の前にしていたら、皮肉った返事を思い出してそんなこと考えられていないだろうけどね。それでも、母が子どもや孫の名前をまだ覚えていてくれる今のうちに、もう一度くらいは一緒に美味しいものを食べに行けたらと思っている。



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