半チャーハンだけの夜

今年の9月21日、敬老の日で、世界アルツハイマーデーでもあった日のことです。

福岡県志免町の創業54年のラーメン店で、「注文をまちがえる料理店」という1日限定の取り組みがありました。

福岡TNCニュースによると、店で働いたのは、認知症の当事者の78歳から88歳の女性4人。スタッフのサポートを受けながら、注文を聞いて、ラーメンを運びます。注文を間違えても、笑顔で受け入れる。そんなコンセプトです。

店主は、認知症の人にとって「社会と繋がること」がとても大切だと話していました。

この記事を読んで、僕が見たある夜のラーメン屋の光景を思い出しました。

もちろん、あの夜は何かのイベントではありません。ただの、いつもの夜のラーメン屋です。

仕事終わりに、ラーメンが食べたくてどうしようもなくなって、行きつけの店に寄りました。

駐車場に車を停めたとき、ゆっくり、フラフラと歩く高齢の女性が目に入りました。

気にはなりました。でも正直に言うと、そのときの僕の頭の中は、ラーメンでいっぱいでした。そのまま店に入って、食券機の前で「何にしようかな」と迷っていました。

すると、さっき見かけた女性が、ふらっと入ってきました。

食券は買わないまま、カウンター席に座ります。店員さんに促されて、食券機のところに戻ってきました。財布からお金を出そうとしますが、ラーメンを食べるには足りなかったようです。

結局、半チャーハンの食券だけを買って、席に戻りました。

「半チャーハンだけですか?」

女性の店員さんがそう聞くと、女性は笑顔で答えました。

「お金が足らなかったから」

そこから、2人の会話が始まりました。

静かなラーメン屋の中で、女性店員さんと高齢の女性が、談笑している。その笑い声が、すごく耳障りのいい声でした。

ありふれた場面の中に、突然、ふっと違う風景が現れた。そんな感じでした。

女性は食べ終わると、ふらふらと、ゆっくり店を出ていきました。暗い家並みに消えていく後ろ姿を、僕はついつい目で追っていました。

あの女性が、どうして店に入ってきたのか。僕にはわかりません。

お腹が空いていたのかもしれません。ガラス越しの明るい店内を見て、入ってみたくなったのかもしれません。少なくとも、ラーメンを食べる準備をして来たようには見えませんでした。

もしかしたら、認知症の方だったのかもしれません。でも、それも僕の想像です。

ただ一つ、はっきりしていることがあります。

思いつきで店に入って、ラーメンは食べられなかった。それでも、店員さんと笑って話して、静かな店内に、やわらかい空気を運んでくれた。

僕は、素直に「ありがとう」と言いたくなりました。

あの女性は、「店の雰囲気を良くしよう」と思って入ってきたわけではないはずです。ふと入ってみたくなった。たぶん、それだけです。

それなのに、その行動は、店員さんにも、居合わせた僕にも、ちゃんと届きました。

自分のふとした行動が、周りにどんな影響を与えるのか。やってみる前には、わかりません。

だから僕は、思いました。

「ちょっとやってみたいな」という、その時々の気持ちを、もう少し大切にして動いてみよう、と。

「これをやったら変に思われるかな」「意味があるのかな」と考えているうちに、ふとした気持ちは消えてしまいます。でも、小さく動いてみると、思っていなかったところに、何かが届くことがあります。

大きなことをする必要は、ないと思います。たとえばこんなことです。

– 帰り道、いつもと違う道を一本だけ通ってみる

– 気になっていた店に、今日だけ入ってみる

– 店員さんに、注文のときに「お願いします」だけでなく、帰りに「ごちそうさまでした」と、ひと言添える

今日は、ふと浮かんだ「ちょっとやってみたいな」を、5分以内でできる形にして、1つだけ実行してみてください。

うまくいくかどうかは、考えなくて大丈夫です。やってみて、どうなったかを、あとで少し振り返ってみてください。

僕も今日、1つやってみます。

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