いぶちち

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短期記憶を失った母と三方五湖へ。「今、この瞬間」を生きる。(前編)

しばらく会っていなかった、福井の実家にいる母を、一泊旅行に連れ出してみた。認知症が始まってから少しずつ、ものを覚えることができなくなっていっていた。ここ最近、また一層むずかしくなってきたと兄から聞いていた。そんな母に、今月の誕生日と母の日、何をしたらいいか考えた。**なかなか最近はできていないであろう旅行を体験させる**、それが一番かなと思って、今回の企画を組んだ。なぜ旅行かというと、お花や記念のものを送っても、結局すぐに忘れてしまって、誰からもらったものかわからなくなるだろう、ということと、特にお花は一緒に住んでいる兄嫁の手を訪らせるだけだという不安があったからだ。**今回の選択からは除外していた。**じゃあ何が本人にとってプレゼントになるのか。考えたあげく、すぐに忘れてしまうかもしれないけれど、日常的な体験をしてもらって、何かを思い出す機会、何か別の刺激になる機会を作ってあげることが、一番のプレゼントになるんじゃないかなと思った。とはいえゴールデンウィーク中だった。観光スポットや有名どころだと、人の多さのなかで疲れてしまうし、歩かなきゃいけない観光は、ただ疲れてしまうだけになりそうだった。**あまり人が多くなく、しかも歩くことも少なくなるように、ゆっくりとのんびり過ごせる一泊旅行**にしたかった。遠出だと長時間車に乗っていなければならない。それはそれで疲れてしまう。だから少なくとも福井県のなかで、観光スポットではあるけれどあまり人が多くない場所はないかと探した。組み立てたプランの芯は、**観光整備の行き届いた三方五湖の展望テラスで、広大な山や湖、若狭湾の長めを楽しみながら、お茶や足湯をしながらのんびり過ごすこと**だった。**テラスに行く前**の、のんびりしたイベントとして、**三方五湖のアドベンチャークルーズ**も企画した。宿は**三方五湖周辺のホテル**で、**前日からの一泊の予約**を入れた。**もちろん、豪華な夕食・朝食に温泉付き**のところにした。そしてこれが母にとって思い出にはならないと思う。多分すぐに忘れてしまう。それでも、普段感じられない体験だったり景色が、母にとって何か生活の大きな刺激になってくれる。その体験を、旅行で一泊することで作ってあげることが、**いましてあげている一番のプレゼントじゃないか**と、今回はそう考えた。福井の実家へ母を迎えに行き、出発した。妻と11歳の娘、母から見ると孫娘と一緒の旅行だった。**今回わかった困ったことの一つは、とてもトイレが近いこと**だ。認知症状が進行すると、トイレに行ったことも忘れて、尿意なのか不安なのかから頻繁にトイレに行きたくなることはある、というのは事前に知っておいた。でも、**同じような状況になっていたことは、今回の旅行で初めて知った。**「さっきもトイレに行ったばかりだよ」みたいな声かけは、母にとっては「何言ってるの?」と感じられて無意味だということは承知していた。だから今回は、トイレの訴えにすべてこまめに応じようと、そのときは考えた。妻も同じだった。トイレに行きたくなったと言うたびに、トイレを探し、トイレを探し、連れて行った。**そのときは妻と娘がフォローしてくれたので、今回はとても助かった。** 息子一人だったら、女子トイレに一緒に入るわけにもいかず、男子トイレに連れて入ることもできず、とても困ったと思う。それに今回の一泊旅行は母のためだ。母に非日常の体験をしてもらうための旅行だ。母が望むことは全部叶えてあげようという思いももともとあった。トイレに限らず、「これがしたい、あれがしたい」には、できるだけ細めに応えていくつもりでもいた。母を連れ出して、まず目的地にしたのは、福井県敦賀市にある「日本海さかな街」で、豪華な海鮮丼をごちそうしようという計画だった。初日の一番のメインイベントだと考えていて、土砂降りの雨という悪天候のなか車を走らせ、到着した。**五木ひろし丼**という面白いどんぶりを食べさせてあげようと、そう思っていた。(これは二日目に知ったことだが、母は五木ひろし、あんまり好きではないらしい。それは置いておく。)昼ごろ、日本海さかな街に到着して、早速場内を歩きながら、どこで豪華な海鮮丼を食べれるのかとさまよっているうちに、突然、母が海鮮をバーベキューで焼いて食べられるブースに来たとたん、**バーベキューがやりたい**と言い出した。ご飯のおいしい海鮮丼をいっぱい食べてもらうと、意気揚々とやってきた自分にとっては、**いきなりの片すかし**だった。まあでも本人がやりたい、食べたいものの希望を叶えてあげようと思っていたので、場内のバーベキューに昼食を変更し、かなり豪華なセットを注文した。運ばれてきた豪華な海鮮メニュー、カキ、イカ、エビなどを、妻と娘が一生懸命焼いてくれた。ところが、食べたいと言っていたはずの母は、**生臭いのがあんまり好きじゃない**と、ほとんど食べなかった。かわりに、魚系が好きな自分が食べたいと思った刺身盛りも頼んでいて、母とシェアすればいいと思っていた。ところが結局、**ほぼその刺身を全部、母に食べられてしまった。** 残ったバーベキューメニューは、結局妻と娘が美味しく食べてくれたから、よかった。結局、海鮮丼をと思っていた昼食は、母にとってはバーベキューを食べたいと思わせて、刺身盛りへという予定変更も入った「よいところの昼食」になってしまった。それでも母は、お腹いっぱいになったと、美味しかったと言っていた。**結果オーライって良いんじゃないかなと思った。**昼食時間が意外に早く終わってしまい、夕方4時からチェックイン予定のホテルまでは30分とかからない場所でもあった。相変わらずの雨のなか、**どう時間を潰したらいいか、初日から困ってしまった。**急遽予定を立てて母を連れ歩くのも、どうかなー、どうなんだろうなぁと思っていた。とりあえず喫茶店でコーヒーを飲みながらゆっくり考えようと思い、近くのコメダ珈琲にみんなで行くことになった。家族みんなで、コメダ珈琲の座り心地のいい座席に座って、それぞれ思い思いのものを注文すると、母は「こんな良い喫茶店、いつできたの」と、喫茶店の感想を言った。それに対して、この喫茶店は有名な全国チェーンの喫茶店だよと説明する会話を、この喫茶店で過ごした間、**おそらく5〜6回くり返した**と思う。娘が頼んだクリームソーダが、アイスクリームとソーダの間に空洞ができた状態だったということで、**どうなってんだ**という話題に盛り上がるなか、1時間ぐらいそこで過ごしていたかなぁ。その後は、宿泊予定のホテルの近くにある道の駅で、物産やお土産を見ながら、のんびり時間を過ごした。その間も頻繁にトイレの立ち上がりがあったので、**家族三人でこまめに対応していた。**そこでプチハプニングが起きた。妻と娘がお土産屋さんでお土産を物色している間、母と二人きりになった自分は、母のトイレの訴えに対応した。トイレの近くまで母を連れて行き、あとは本人に任せてトイレに行ってもらった。自分が女子トイレに入るわけにはいかないからだ。母がトイレから出てくるのを待っている間に、妻が女子トイレに母の様子を見に行く。女子トイレにはおらず、もしかしたら男子トイレに入っているのではないか、ということで、自分がトイレに行き呼びかけると、**やはり男子トイレの便座のスペースから、「まだだよ」と母の声がした。**男子トイレ、女子トイレのマークは結構わかりやすかった。**まさか間違うことはないだろうと、間違うことすら想定していなかっただけに、妻と一緒に驚きを隠せなかった。**ここまでの間だけでも、トイレの訴えでふらっと立ち上がって、自分でどこかに行こうとする様子はたびたび見られていた。もともと母一人だけにするつもりはなかった。それでも、**さらに必ず付き添わなきゃいけないという家族での約束ごとは、ここで取り決められた。**その後、ホテルへ車を走らせているなかで、「あの山は富士山みたい」という発言もあった。そこは素直に、「**いやここ福井だよ**」という突っ込みを入れたつもりだ。ここまでの旅のなかで、母が勘違いをしても、指摘すれば受け入れるレベルだった。こちらとしても、受け入れてもいいことは受け入れて、突っ込みを入れても大丈夫そうなところは突っ込む。**そんなやりとりは、ここでだんだん決まっていった。**ホテル編に続く。